今の学校は生徒が教師の収入を決めるらしいので、僕が教師だったらこうする。


知ってました?いま、教育現場では生徒が教師を評価する仕組みが一般化しつつあります。少し古い記事ですが、こちらの記事も参考に。「生徒がつける“先生の通信簿”


生徒が教師の能力を査定し、配布されたアンケートにその結果を記載して提出します。そして驚くべきことに、それらを参考にして校長が教師のボーナス等を決定するんですよ。


これは生徒が教師の収入を決める仕組みといっても過言ではありません。


うちの嫁も元大阪の公立中学校の教諭で、担任もやってましたからリアルな話はいつも聞いてるのですが、モンスターペアレントに絡まれた話や、生徒が警察に捕まった話なんかよりずっと衝撃でした。


だってこれ、めちゃくちゃモラルハザード起きますよ。案の定、嫁いわく、給料のために生徒を怒らない先生や、校長の機嫌取りに余念がない先生もいたらしいです。明らかな制度設計ミス。


教育は今も昔も当たり前かのように腐りきっており、もはや学校教育の未来を憂いても仕方がないので、僕が現役の公立中学校教諭だったら、この制度ならこのような悪巧みをするだろうなというのをまとめてみました。ちなみに、僕は学校の先生には100万回生まれ変わってもなるつもりはありませんので安心してください。


りゅうけんが中学校教諭だったらその1:生徒と友達のような関係になる

あえて舐められにいきます。どれだけ授業力があっても、普段から威圧的で厳しい先生だと、生徒は必ずしも低い評価はしませんが高い評価はしません。子供とはそういうものです。だからこそ、「友達のような先生」を目指すのです。


普段から生徒に対して威圧的な態度を取ることは一切ありません。男子生徒とは一緒に下ネタを話すし、女子生徒の恋バナにも参加します。生徒の趣味や人間関係は徹底的に押さえ、SNSでは彼らの動向を監視し、常に情報の中心にいることを心がけるでしょう。


「話が合う先生」=「自分のことを理解してくれている先生」=「良い先生」


と、大多数の子供は錯覚するのです。生徒からの信頼を勝ち取れば給料が上がるという制度である以上、教師の仕事は彼らを喜ばせるピエロになることです。生徒に収入を決められると言われたら、そう考えるのが自然じゃないでしょうか。客商売と一緒です。

りゅうけんが中学校教諭だったらその2:授業力は捨てる

僕が教師になったら、質の高い授業を追求するなんて効率の悪いリソースの割き方はしないでしょう。


今、「受験サプリ」を利用すれば、たった月額1000円程度で、スマホで有名予備校講師の授業を視聴し放題なわけです。そして残念なことに、ただの中学校の教師が百戦錬磨の予備校講師に授業力で勝てるはずがありません。コンサドーレ札幌とFCバルセロナくらいレベル差あります。


となると、偏差値教育において学校教育はもはや無価値なんですよ。


「予備校講師が何言ってるかわからないレベル」の落ちこぼれ生徒のフォローくらいなら学校でやる意義があると思いますが、それならカリキュラムをギリギリ消化できるくらいのペースで、頭の悪い子の気を引くための軽いユーモアを交えた授業ができれば十分なわけです。そんなの個別指導塾の大学生講師の学力でもできます。


ていうか、今年の沖縄の教員採用試験なんて英語のリスニングで市販の旺文社の問題集から18問中13問まるまる出てますからね。そもそも国が教師に学力求めてないじゃんっていう。


学校教師が授業の質を高めるために日夜研究を重ねるなんて努力をしても誰も得しません。デキる子はそもそも学校の授業なんてアテにしてないですから。


僕だったらまず授業の質は捨てて、その分、生徒と父兄と校長への媚び売りに注力しますね。給料に直結するので。


りゅうけんが中学校教諭だったらその3:ハードな部活の顧問はやらない

ハードな部活の顧問はやりません。野球部とか吹奏楽部みたいなハードな部活の顧問なんて完全に嫌われ役じゃないですか。あえて理不尽なこととか言って、子供達のメンタル鍛えたりするんでしょ。嫌われたら給料下がるのにそんなババみたいな役引き受けるわけないじゃないですか。


年上である教師と時にぶつかり合い、より深い人間関係を築いていくことは、子供の成長にとっては非常に有益なことですが、教師としては生活がかかっている以上、子供の一時的な反発心で給料を下げられるリスクを負うなんてとんでもありません。


ただし何かの部活動の顧問になることはほぼ強制ですから、顧問になるとしても、ハードな部活は絶対に避けますね。技術者という文脈を活かして、暇でほとんどやることのないPC部の顧問を必死で取りに行きます。そこで簡単なプログラミングでも教えながら非リア充達からの支持も得て確固たる地位を築くのです。


PC部はいいですよ。休日の練習試合の同伴みたいなのもないですからね。ちなみに部活の試合の同伴って、学校にもよるんでしょうけど、休日一日潰れるのに日給3000円とからしいですよ。ボランティアやん。


さいごに:僕みたいなのは教師になるべきではない

一つ言えることは、僕みたいな人間が教師なんてやってはいけないということですねw


生徒達のために、合理性を捨てられるような人間でなければ、「生徒が教師の収入を決める」という制度の上では必ずモラルハザードを起こすでしょう。だってみんな自分がかわいいじゃないですか。


中には、確かな情熱を持って、子供達の教育のために身を尽くせる人もいると思いますが、そんなデキた人ってどれだけいるんでしょうね。むしろ、僕みたいな人間の方が多いんじゃないですか。これは学校教育に一般企業のような評価制度を導入しようという試みなんですが、客や上司にへこへこすることが良しとされるサラリーマンの悪しき文化のみ継承するだけではないでしょうか。


ああ、自分に子供ができて大きくなった時に、自分みたいな人間に担任の先生されるのホントヤダw


日本の学校教育って一挙手一投足、間違った方向に意思決定がなされている感が否めません。もう義務教育は小学校まででいいですよ。学校以外でも子供が学び成長できるコミュニティなんていくらでもあるわけで、自由に選ばせて欲しいな。


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