僕がFacebookやインスタで子どもの写真ばかり使う父親になりたくない理由



自分の中の何かが「変化」していかなければSNSで投稿することってなくなっていくじゃないですか。


新卒の頃の同期でFacebookやインスタで定期的に投稿する人なんてもういなくなりました。そりゃ毎日同じ場所で同じ人達と同じ仕事をして、給料も住む場所も一定だったら何も書くことなんてなくなります。SNSに登場するのは誰かの結婚式で誰かにタグ付けされた時くらいじゃないですかね。


そういう生き方を否定したいわけじゃないですよ。彼らがそこに幸せを感じられるなら素敵なことだと思う。だけど、少なくとも僕は100万回生まれ変わってもそんな変化のない人生は一度たりとも送りたくはないんですよね。つまんなさそうだから。


だって、ポケモンで言うと、最初の草むらでずっとポッポとかコラッタとたたかってレベル上げてるような感じじゃないですか。経験値がたまりにくいのもさることながら、ストーリーを進めないと面白くありません。


「人生は死ぬまでの暇つぶし」と誰かが言ってたような気がしますが、最初の草むらじゃ暇つぶしにもなんないわけですよ。だからこそ僕は、仕事も、住む場所も、付き合う人間も全てを短いスパンでアップデートしていかないと満足のいく人生が送れないんです。どうも。



さて、最近長男が生まれたんですが、赤ちゃんって毎日すっごく変化していきます。身体がすぐに大きくなっていくというのもありますが、発する声も表情もどんどんバリエーション豊かになっていきます。


すると赤ちゃんの写真や動画をSNSにアップしたくなっちゃうんですよ。「変化」してるから。そういうパパいっぱいいるでしょ。


僕はそこにある意味危機感を覚えるわけです。「このままじゃ変化量で子どもに負ける」って。SNSが赤ちゃんコンテンツ中心になってしまったら、最初の草むらでずっとレベル上げやってる元同期達と同じになってしまうんじゃないかと。それだけは避けたい。


また、子どもからしても、何も変化してない父親って魅力的には映らないじゃないですか。僕は「公務員のお父さん」を「尊敬する人物」に挙げる人の気持ちが全くわからないタイプです。皆さんはどうか知らないけど。


僕が10歳の頃、父親が事業をはじめました。事業自体は鳴かず飛ばずで、一家はあり得ないほど貧乏になり、あり得ないほど親戚から借金してましたが、僕は不謹慎ながらもすごくワクワクしてたんですよね。これからどうなるんだろう。やばいやばい。でもなんか楽しいって。


それまでの日常が一気に崩壊したんですが、それ故に刺激的な人生が始まったように思えました。


これは同時にトラウマでもあるので、僕は父親のようにお金で苦労するような生き方は最大限回避していくつもりですが、父親のように子どもに変化を見せられる大人にはなっていきたいなと思っています。


ということはですよ。子どものためにも、変化量で子どもに負けてる場合じゃないわけですよ。


そこで僕は決めました。これからSNSに息子をアップしそうになるたび自問自答することを。「おのれは変化しているか?」と。


子どもができて、自分の人生において大切にしているものについて改めて気づきましたよという話でした。


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