宮森はやとが天才である理由


「天才」の定義は人それぞれですが、僕はそれを「無意識の行動が自然と結果に繋がる人」だと考えています。


今日は僕がリスペクトしている表現者、宮森はやとさんについて書きました。彼は紛れもなく天才です。彼の一挙手一投足が全てエンタメに変わるんですよ。意識してアレは絶対にできない。


僕が初めて宮森さんと話した時、彼は「ハイパーリバ邸」という三軒茶屋にあるシェアハウスの創設者であり、住人でした。もうこの時点でバズってたわけですが、そこでさらに「自分の1日を50円で売る」という企画で大炎上。


その後、メンタルの不調とアルコール中毒をきっかけに、シェアハウスを出て実家に帰省。気づけば東京に戻り、ラッパーに転身したかと思えば、今度はラッパー辞めて画家になってる。「何がしたいのかよくわからない」とはまさに彼のためにある言葉。ただ、それが良いんです。


節目節目ごとの何気ない行動がインターネット上の話題を独占し、あらゆる人から叩かれ、しかもそれを割と真に受けて凹み、その人間くささに共感した人が彼を応援することで、彼の生活が成り立っています。そして僕も彼を応援した一人。


彼の絵を購入させて頂きました。絵のことは良く分からないですが、個性的な色使いで素敵です。


宮森さんの極めて現代的な生き方を非難する人間も少なくはありません。なぜなら、宮森さんが何故評価され、対価を獲得できるかを理解できるレベルに到達している人は少ないから。


確かに、ブロガーとして文章は下手ですよ。ラップにしても絵にしても、実力があるわけではないことは素人の目から見ても明白。だけど、彼はスキルの高さで勝負しているわけではないので、そこをディスるのは野暮の極みです。


出川哲朗さんを一流芸能人と呼ぶ風潮ってあるじゃないですか。僕はそれと似た様な感覚を宮森さんにも感じるんですよ。


何をやってても、ツッコミどころ満載すぎて面白いっていうアレ。体張って、いじられて真価を発揮するタイプのエンターテイナーですよね。これができるのは才能です。


合理的な選択をする一般人には彼のような魅力は生み出せないんですよ。例えば「50円」の件だって、僕だったら、「からかい目的の依頼はお断りします」っていう文言一つつけとくもん。その当たり前の作業を素ですっ飛ばせるから結果的にアテンションを取れるわけ。


僕も最初はてっきり、「宮森さん炎上狙いでやったんだな」とか思ってたんですが、僕が浅はかでした。彼は天然でそれをやってしまえるんです。普通にメンタル消耗して血とか吐いてましたからね。だからこそすごい。わかるかな。


彼に対して、「そんな下手くそな絵で金をもらおうなんて客に失礼だろ」みたいな言葉を吐き捨てる人も全くわかってません。上手ではないことくらいこっちもわかってるんですよ。


だけど、宮森さんには他の画家には決して生み出せないエンタメがあり、それが評価経済における信用(一般社会における信用とはニュアンスが異なる)となって、お金に交換されてるわけです。この社会の仕組みに気づけないうちは、宮森さんの価値には気づけないと思います。


結局、僕らみたいな凡人は宮森はやとにはなれません。どうしても、全ての行動において正解を求めてしまうから。ツッコミどころなんてものは、普通は積極的に粗探ししないと見つからないものです。


僕たち発信者は、「ありのままの自分を表現する」と言いながら、裏には作為があり、一定の評価基準に則った競争をしているので、予定調和になりがち。


ところが、宮森さんだけが、本当の意味でありのままを表現しているんです。ひたすら純粋な自己の放出。だからこそ、桁違いに叩かれ、桁違いに愛されるということ。


>> 宮森はやとさんのブログ:エドマル


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