「信じるものを否定されて怒る」というのは、人間の本能的な行いなのかもしれませんが、それ故に宗教的だとも思うんですよね。


皆さんも経験あるかと思いますが、アムウェイのディストリビューターにアムウェイのことを悪く言おうものなら顔真っ赤にして反論されるでしょ。



なぜ彼らがこうも他人に敵意を向けることができるのかというと、自分の価値観では受け止められない存在に自分のアイデンティティを脅かされていると感じるからです。相手を威嚇し、自分を強く見せることで精神の安定を図ろうとするわけ。一種の防衛機制ですね。


彼らには信じるものがあって、そこから「救い」を受けています。同様に、サラリーマンにとってはそれが会社や上司なのかもしれません。


イケダハヤトさんが炎上する理由もわかるでしょう。雇われの非合理性を説かれ、信じるものを否定されたサラリーマンは彼を攻撃せずにはいられないでしょうから。「お前の言う社畜のおかげで社会は回ってるんだぞ!」的な。


ちなみに僕はサラリーマンを一生懸命頑張っていた頃からイケダハヤトさんのブログを知っていますが、一度も彼に腹を立てたことなどありませんでした。むしろ、己の価値観をここまでエンタメ化できることに畏敬の念を感じましたよね。だからこそ、アンチの矜持が理解できないんです。


それだけ僕の心には余裕があり、何より無宗教だったのかもしれませんが。


また、滑稽なのは、アンチの批判の矛先がしばしばインフルエンサー本人ではなく、その周囲の人々に向かうことです。「信者」という言葉とともに。


アンチにだってクラスタやヒエラルキーがあるじゃないですか。誰かが誰かを扇動して、「プロブロガーって宗教みたいだよな!」「そうだそうだ!」とかやってるわけで。まさにそれって彼らが言うところの教祖と信者。


信者が信者に向かって信者って言ってるこの構図。自分自身の文脈を理解することなくブーメランを投げてしまえることこそが、彼らが信者足る所以なのかもしれません。すごくナンセンスですけど。


さて、自己発信とは万人を教祖にし得るものです。



ある人が強い言葉で意見を主張していて、それに共感できた時、心のどこかでその人のことを「仲間」だと思うでしょう。場合によっては、その人に「自分のことを認めてもらえた」と思うかもしれない。


その行為自体に問題はありませんが、自分自身が持つ宗教性を理解しておくことは重要でしょう。誰かにブーメラン投げつける前に。

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