組織のために感情的になれる人って今までどんな訓練受けてきたの?



家族や会社や宗教など、自分が所属する組織をdisられたら腹を立てる人いるじゃないですか。むしろ、ほとんどの人がそうだと思うんだけど。


僕、昔からこれが意味不明で、自分なんてただのコミュニティの一員にすぎないのに、何故そこまで感情的になれるんだろうって思っちゃうんですよね。そもそも、disられてるのは組織であって、自分ではないわけじゃないですか。どの部分が不快に感じるポイントなんだろうって。


誰か教えてくれません?


そもそも腹の立てようがなくない?


僕は小学生の頃から、友達に家族の悪口を面と向かって言われたくらいでは動揺しませんでした。


僕は「そこを否定されても自分じゃどうしようもないこと」って腹の立ちようがないと思っちゃうんですよね。だから、親の稼ぎの悪さをバカにされても、弟の学力の低さをバカにされても、僕の責任じゃないからどうでも良いという感覚。


僕は数年前まで、ネットワークビジネスで結果を追求して頑張ってたんですが、その頃なんて週1ペースで罵詈雑言浴びてました。「お前が扱ってる製品はクソだ」とか、「お前がやってるビジネスは詐欺だ」みたいな。不二家の社員が対面で、「ミルキ〜はゴミの味♪」とか言われてるレベル。


しかし、僕はその程度で腹を立てることができませんでした。僕はただプラットフォームにのっかってビジネスをやってるいち個人であって、製品開発担当でもなければマーケティング担当でもありません。商品やビジネスモデルを否定されたって、僕にはどうしようもできない以上、「言う相手間違えてんじゃね?」という感想しか出てこないわけですよ。


「組織を否定されると自分も否定されたような気分になって怒る」というのは、精神が組織と100%シンクロしているということでしょ。どうやったらその域まで到達できるの?なんか特別な訓練でも受けてきたの?

組織にコミットできるって才能じゃない?

精神を社会と一致させる技術は、おそらく幼少時からの社会的活動を通して自然と教育されていくものなんでしょう。だけど僕にはその教育はうまく行き届かなかったようです。


僕はサッカーというチームスポーツをやってたんですが、チームが勝つか負けるかより、自分が楽しいかどうかが重要だったので、「負けて悔しい」みたいな感情はありませんでした。自分が良いプレーができなかったら少し残念だけど、自分さえ活躍できてたらチームが負けても全然満足。


だけど、負けて涼しい顔してたら「お前は反省してないのか!」とか言われて走らされたりするので、とりあえず悔しがるフリをするわけです。


いやもうね、何でみんな本気で地団駄とか踏めるのか不思議で仕方なかったですよ。なぜそこまで情熱的になれるのか。


まあサッカー自体は好きだったので、部活は3年間続けましたが、結局、「チーム一丸となって何かを達成する喜び」みたいなものは一度も感じることができませんでした。


劣等感を感じるわけではないけど、もはや組織にコミットできるって才能ですよね。「組織のことなんてどうでもいい」というこの感情だけは努力うんぬんでは変えられないもの。


才能無いなりの組織との向き合い方

そんな「社会性劣等者」の僕が唯一居心地が良いと感じられるコミュニティ、それは、「個人主義者の集合体としての組織」です。要するに、「組織がどうこうより自分自身がどうあるか」を重視する人の集まり。


僕からすると、「仲間のため」みたいな聞こえの良い言葉で、自分自身のために努力することから逃げてるような連中より、彼らの方がよっぽど信頼できるんですよ。


しかも、個人主義者達ほど、組織に便益をもたらすことが、何より自分へのリターンに直結することがわかってるので、結果的に組織を発展させてくれます。


僕はこう見えて、5つのオンラインサロンに入ってますが、しっかり「自分のために」活用させて頂いてますよ。サロン内では惜しげも無くノウハウを披露し、飲み会があれば極力参加し、講演のゲストに呼んで頂ければ喜んで登壇します。かつ、きっちり数字もコンスタントに出して周囲を刺激します。


結果的に僕の認知度は上がるし、ブログのPVも増えます。「馴れ合い」のためではなく、飽くまで「自分自身の結果」のために組織を利用してるんです。その過程で誰かが一人でも僕の存在に価値を感じてくれたらそこそこ嬉しい。


というわけで、「個人主義者の集合体としての組織」を絶賛構築中です。オンラインサロン参加者は初月で110人を突破。組織なんてどうでもいいから結果を出したいという方、ぜひ参加して組織を盛り上げてください٩( ‘ω’ )و


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