文章書いて生計立ててる僕が本を読まない理由

どうも、ブログで食ってます。どや。りゅうけんです。

ところで、僕は昔から「本」をほとんど読みません。父親が本好きで、実家には小説や哲学書など、大量の書籍があったのですが、それらにも全く興味を示すことはありませんでした。

今となっては誰にも文句言われませんが、子供の頃なんかは「本を読まないと賢くなれない」とか散々言われたわけですよ。これをかわすのが非常に辛かった。「んなわけねーだろ。」とは思いつつも、それを言語化して大人達を黙らせるロジックが僕にはなかったから。

僕は学校の勉強はちゃんとやってたので、「教科書」はよく読んでいましたが、大人達から言わせると、どうやら「教科書」は「本」ではないようですね。あと、もちろん「漫画」も「本」ではない。だけど、「かいけつゾロリ(ポプラ社)」はまあまあ「本」として認められてるっぽい。よくわからん。

そんな僕も大人になり、結果、「本」を読まなくても国立大学は卒業でき、さらには、文字を書くことで生計を立てられるレベルまできました。「本」を読まなくても立派に育っちゃったわけですよ。ざまあ。

というわけで、材料は揃ったので、今日はかつての大人達に復讐しようと思います。

本を読まない理由1:表現が冗長すぎる

まず、「本」って表現が冗長すぎるんですよ。200ページ以上もあって、本当に言いたいところってほんの数行でしょ。その数行のために、余計な数千行に目を通さないといけないのってフツーに面倒くさくないですか。「その面倒くささが良い」って言われたら返す言葉ないけど。

「本」として体裁を整える以上、数百ページ以上というフォーマットを守らざるを得なくなるわけです。じゃないと売れないから。すると、どうしても冗長な表現が盛り込まれてしまい、読み手にとっての利便性が削がれてしまいます。

とにかく僕はもっとサクサク読みたいんですよ。長くても10分くらいで。

特に小説なんかだと、文学的な表現だか何だか知らないけど、わかりにくい表現こねくり回しすぎです。「はよ結論言え」ってなります。

これとか、ヒドイ。

もし出発しないなら、その日も同じふだんの日と変るはずがない。一年半のあいだ死支度をしたあげく、八月十三日の夕方防備隊司令官から特攻戦発動の信令を受けとり、遂に最期の日が来たことを知らされて、こころにもからだにも死装束をまとったが、発進の合図がいっこうにかからぬまま足ぶみをしていたから、近づいて来た死は、はたとその歩みを止めた。

島尾敏雄 『出発は遂に訪れず』より

出発するのかしないのか、どっちやねんって感じ。まず一文が長すぎて読みにくいんですよ。わかりやすい文章が評価されるブログとは真逆を行っていて、ブログライターとしては一ミリも参考にならない。ちなみに、「文学を知らないお前が何を言うか」的な意見は無視しますよ。僕は文学家ではないですからね。

これは子供の頃から思ってたんだけど、小説ってもはや「あらすじ」だけでよくないですか。風景描写とかマジでいらない。芸術のわからない僕は人物設定と大まかなストーリー展開の情報だけくれたら十分楽しめます。これ、かなり時短ですよ。

ちなみに、「受験科目の国語で高得点を狙うには普段から本を読んで感性を磨いておくべし」とか言われるけど、あれ嘘ですからね。現代文はテクニックで解くものです。「しかし」「にもかかわらず」「つまり」などといったキーとなる接続詞の近くに答えが隠れてるので、そこ線引っ張って選択肢と照らし合わせるとかそんなノリ。

本を読まない理由2:大体答えは既に自分の中にある

「本を読んで新たな発見をする」というのは実際僕の場合ほとんどなくて、どちらかというと「本」は、既に自分の中に答えとしてあるものに確証を与えるための道具にすぎません。「本」の内容って基本的に薄いんです。

例えば、こちらの「考えすぎて動けない人のためのすぐやる技術」では、簡単に言うと「迷ったらGO」のような「当たり前」の内容しか書かれていません。

また、世界的に有名な自己啓発書である「7つの習慣」においても、「主体性を発揮すること」とか「目的を持って始めること」などといった、言うなれば「早起きはした方が良い」レベルの手垢のついた格言が長々と書かれているだけです。

ただ、良著には筆者独自のエピソードや、筆者とその周辺の人々の変化が鮮明に描かれているため、途方もなく説得力があるのはわかります。そのため、読者は「わかっていたのにできていなかった自分」に気づき、悔い改めることができるでしょう。それこそが「本」の意義であると僕は思うんですよね。

しかし、「本」がそのように、「もともと知っていた知識を腹に落とさせる」ための道具にすぎないのであれば、その役割を別のものが担ってもいいんじゃないかと思うわけですよ。

例えば、先程の「迷ったらGO」なんかも、僕なら本で読むより人に言われた方がずっと身が引き締まります。自分より年下だけど圧倒的な結果を出している子に、「迷うくらいなら絶対にやった方がいいですよ。」とか言われたらそりゃ燃えるでしょ。

僕は、本にケツ叩かれるよりは、人にケツ叩かれたい派なので、本を軽視しています。まあ、人と会うのもそんなに好きではないけど、本を読むくらいなら人と会うかなと。オンラインでもオフラインでも。

本を読まない理由3:価値観に触れるだけでは効果は薄いから

「本」を読むと短時間で著者の人生を追体験できるとはよく言うけど、それは飽くまで疑似体験にすぎず、映画みてるのと一緒じゃないですか。それだけじゃ何も変わらないよねということ。

結局は自分自身が筆者と同じ経験をしないと、本当の意味では身の肥やしにはなりません。インプットばかりで頭でっかちになってる人って沢山いるじゃないですか。いわゆる、中身の伴っていない人。彼らは足を使って動いて、肥大した頭を痩せさせないといけないんですよ。

多くの人は、本で学んでから何かを実践しようとします。だけど、何かを実践してから後で本で答え合わせをする方が、「本」の使い方としては正しいと僕は思うんですよね。

そうすれば、最初に頭でっかちになる必要がなくなるし、読んだ本の意味が初見で真に理解できるようになるんです。これも時短ですよ、時短。

と、そのような意味でなら「本」を読む価値はあるかもしれませんが、やっぱりたかだか答え合わせのために数時間かけて読むのもクソだるいわけです。「本」の代わりに答え合わせしてくれるメンター(師匠)でも見つけておいた方が随分効率は良いと思います。

さいごに:本を読まなくても稼げる

「本」にしかのってない超貴重な情報なんてものがあるなら僕も買って読み漁りますよ。だけど、そんなのまずないじゃないですか。

例えばブログで言うと、ブログ飯がなんたらかんたらっていう本沢山ありますけど、たかがマネタイズの方法なんてググったらいくらでも出てくるわけです。

僕はブログ始めて半年で飯が食えるレベルまできましたが、もちろん本なんて一冊も買ってませんよ。特別誰かに師事を仰いでもない。ただ、こうやったら稼げるんじゃないかと思いついたことを即やってみて、うまくいかなかったらググって情報仕入れて修正していく、を繰り返してきただけです。これだけで普通に稼げるし、稼げない方がおかしい。

むしろ、本さえ読めば成功できると勘違いする方が危険ですからね。

「本」とは、筆者の解釈によって、世界に散らばっている情報を切り抜いてまとめたものです。つまり、その本に載っている答えは、著者にとっての答えであり、あなたにとっての答えとは限りません。参考にはなるけど、飽くまで参考になるだけ。

だからやはり、後で答え合わせ程度にさらっと太字だけ読むくらいがちょうど良いんですよ。

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