AIの発達で人間関係が希薄化するという推論のおかしさ



AIに関する議論って、何故か「機械が発達すると人間関係が希薄化する」という前提の元、繰り広げられがちじゃないですか。「便利な世の中になっても俺は人との繋がりを大事にしたいぜ」的な。だけどこれってすごくおかしな話です。


だってむしろ、便利な世の中になると人間関係は濃密化しますよ。機械による作業効率化によって人間の余暇は増えるわけです。じゃあ、人間はその余暇を何に使うかなんて容易に想像できるでしょう。


他人との馴れ合いです。みなさん、休日になればここぞとばかりに友達と遊ぶじゃないですか。それはディズニーランドが休日激混みであることが証明しています。


人は暇ができれば誰かとその暇を埋め合わせようとするという当たり前の話です。僕みたいなコミュ障なら暇ができてもずっと自宅に引きこもってますけど、そんなのはマイノリティですからね。


もしAIやベーシックインカムによって働かなくてすむ未来が実現するのであれば、社会全体的に人間関係への依存が進行するだろうと考えるのが妥当じゃないですか。人間関係の希薄化なんて僕には想像できないですけど。


そもそも歴史上、テクノロジーが発達することで人間同士の結びつきが弱くなったことってありました?


輸送コストの低下にしたって、スマホの普及にしたって、いつだってテクノロジーは人間同士のコミュニケーションをアシストしてきたじゃないですか。コンビニのレジ無人化も、店舗スタッフのアテンダントによる客との新しいコミュニケーションの創出を図ってるわけですからね。


テクノロジーによって確かにコミュニケーションの質は変わりますが、総量は確実に増えています。


少し前は「SNS疲れ」なんてワードが注目されたりしましたが、これなんてまさに人間同士の情緒的な繋がりがITによって促進されすぎた結果ですよね。だけどそんなのは序の口。僕らは無限エモーショナル地獄に落ちていく運命です。


僕は機械が発達するからこそ、人間関係を整理していかなれけばならないと思っています。だって、機械に促されるまま他人とベタベタしてたらしんどいよ。今でもその傾向あるじゃないですか。Twitterとかめんどくさい時あるでしょ。


「人間関係を大事にする」なんてもはや当たり前すぎて議論の余地はありません。その上で、他者との必要以上の馴れ合いを振りほどき、社会と過不足なく関わりながら、自分がやるべきことに集中する。そんなメンタリティがますます求められるんじゃないでしょうか。


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